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瀋敬東 中国現代芸術家 中国現代画 日本語版/沈敬东 中国现代艺术家 瀋敬東 中国現代芸術家 中国現代画 日本語版/沈敬东 中国现代艺术家 瀋敬東 中国現代芸術家 中国現代画 日本語版/沈敬东 中国现代艺术家 瀋敬東 中国現代芸術家 中国現代画 日本語版/沈敬东 中国现代艺术家 瀋敬東 中国現代芸術家 中国現代画 日本語版/沈敬东 中国现代艺术家 瀋敬東 中国現代芸術家 中国現代画 日本語版/沈敬东 中国现代艺术家
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瀋敬東 中国現代芸術家 中国現代画 日本語版/沈敬东 中国现代艺术家
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瀋敬東 中国現代芸術家 中国現代画 日本語版/沈敬东 中国现代艺术家

シリーズ名:中国現代芸術家
出版日:2019年3月
ページ:148
装丁:ペーパーバック
言語:日本語
商品サイズ:A4 27.0 x 21.1 x 1.4cm
商品重量:710g 
発送方法:メール便

編著者:瀋敬東

中国現代画・瀋敬東氏の絵画です。
商品コード : SSJ-A41408-9784909140197
製造元 : 新華出版社
希望小売価格 : 4,600
価格 : 4,968円(税込)
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    瀋敬東先生「図録」略歴 ◎アーティストプロフィール 1965年、中国江蘇省南京市生まれ 1984年、南京暁庄師範学校美術科卒業 1991年、南京芸術大学芸術学科卒業後、版画を専攻し、劉海栗奨学金取得 1991〜2009年卒業後、前線芸術劇団で舞台芸術監督を務めた。 個展 2017年、「優秀な戦士敬東のアート」敬東の文献展示(北京宋庄現代美術文献展) 2017年、「国際的なジョーク」瀋敬東個展 (ローズ美術館、メリーランド、アメリカ) 2017年、「瀋敬東ストーリー」瀋敬東個展 (秦皇島燕山大学美術デザイン研究所美術館) 2016年、「国際的なジョーク」瀋敬東個展 (韓国清州美術工芸博物館、中山博覧会特別  展示エリア、北京芸術国際美術館) 2016年、「無実」瀋敬東+蔡双江ダブル展(ニューヨークホワイトボックスアートセンター) 2016年、「会話」瀋敬東+廖明明ダブル展(北京798悦美術館) 2016年、「中国新しい形態」(ハドソンアートセンター、ニューヨーク、アメリカ) 2015年、「星の王子さま」(香港 星会館) 2015年、「デビュー」(香港 Art Futureギャラリー) 2015年、「警察」(フランス 南方港ギャラリー) 2014年、「私の童話王国」(香港会展センター) 2014年、「フレッシュ」(北京 今日美術館) 2014年、「会話」瀋敬東+廖明明二人展(北京798晨美術館) 2011年、「革命を続ける」(南京 3Vギャラリー) 2010年、「ヒーローズ」(香港中央交流スクエア) 2009年、「hero」(ニューヨークVolta博覧会) 2008年、「英雄」(ニューヨークチャイナスクエアギャラリー) 2008年、「最も親愛なる人」(北京 今日美術館+798千年時間ギャラリー) 2007年、「10年間のヒーロー作り」(北京想象ギャラリー) 2007年、「ヒーローズ」(香港一ギャラリー) 2006年、「ヒーローの像」(北京98千年時間ギャラリー) 2006年、「ただ1枚の絵画展」(北京88千年時間ギャラリー) 合同展示(抜粋) 2017年 第11回フィレンツェ国際現代美術ビエンナーレ(ダバッソ城、フィレンツェ、イタリア) 世界観 - 観測角度と考え方として表現 (北京宋庄現代美術文献展) 「融」現代油絵言語研究展 (北京 今日美術館) 2016年 「中国から」現代美術展 (ニュルンベルク大学マーティンアートギャラリー :アメリカ) 「境界線を越える」サンフランシスコ国際美術展 (サンフランシスコ国際美術センター :アメリカ) 「東・岸」中国とアメリカのアーティストたちの版画交流プロジェクト (ニューヨークエリザベス財団 :アメリカ) 2015年 「ピールイメージング」(北京聖なる空間) 「アジアとアジアの対話」(韓国済州現代アートギャラリー) 2014年 第2回イタリア・中国現代美術ビエンナーレ (北京798アートワークショップ) 2013年 「自由な呼吸」 (東京中国文化芸術センター 日本) 清州アートビエンナーレ(韓国清州) 「住むところなき」 江蘇現代美術研究展 (中国浙江美術館) 2012年 イタリア・中国現代美術ビエンナーレ (モンツァロイヤルガーデン、イタリア) 「新しい中国版画展」 (キューバサンフランシスコ美術館) 2011年 「流れる芸術ー超現実的なポップ」 (北京798悦美術館) 「人々 - 芸術の力」 (ヨンイン美術館、ソウル、韓国) 2010年 「歴史を変える:2000〜2009年中国新艺术」 (北京国家会議センター) 「ビジュアルアート、東方と西洋の争論」 アメリカツアー Paul&Luluヒリアード大学美術館、アメリカ・ルイジアナ州 ▲献礇ソンビル美術館、フロリダ、アメリカ 2009年 成都ビエンナーレ (成都新国際コンベンション&エキシビジョンセンター) 以上

  • その「笑み」を想う                       東京藝術大学 特任教授                               井上 隆史   瀋敬東画伯の筆先から現れた人民解放軍の兵士たちは、皆ほほえんでいる。 人民解放軍という厳めしい語感は、この柔らかな「笑み」とはそぐわないと思うかもしれないが、その適度な違和感がまたいいのだ。改革開放とともに頻りに聞こえ始めた「社会主義“的”市場経済」と同じ匂いがある。1991年南京藝術学院を卒業した画伯は人民解放軍南京軍区政治局に配属され、舞台芸術を手掛けることになった。解放軍は「藝術の兵士」も創り出していた。改革開放の柔らかな風が吹き渡っていた頃だ。 その改革開放の道を歩む中国を、私はNHKのプロデューサーとして見つめていた。激しいうねりの中、時々刻々変化していく街の貌、波のように押し寄せる自転車の群れにも、改革開放というどこか明るい、弾むような言葉の響きが重なり聞こえるそんな時代・・・そして、1994年から1995年にかけて、「中国・12億人の改革開放」と銘打ったドキュメンタリーシリーズを制作することになった。 改革開放には光もあれば影もある。この中国という国は多角的・立体的に眺めなければその本質を見誤るのだと自戒しながら、2年間にわたって改革開放の姿を追った。あの高揚感が懐かしい。 「総設計師小平」に始まり、再開発の進む街の閃光と混沌を見つめた「上海ドリーム」、内陸四川省の寒村から沿岸部の工場で働くために一人旅立つ、いたいけな少女の姿を追った「出稼ぎ少女の旅路」、法治主義ではなく人治主義といわれ、過渡期にあった中国の法社会に向き合う人々の葛藤を見つめた「正義は人民法院にあり」。あの痩せた黄色い大地にしがみついて生きる農民の困苦とその境涯からの脱出行―――「さらば黄土の大地」は、あまりの貧しさと悲しみに編集室で涙を流してしまった。 そんなシリーズの一つとして、私たちは「今日的人民解放軍」というタイトルをつけて、解放軍の新兵を追うことにした。「今日的」という枕言葉に新しい視座を置いたつもりだった。総参謀部、総政治部の協力を得て、一人の若い兵士が主人公になった。上官に叱られながら訓練に励む不器用な新兵が、一人の18歳の少年に戻った時に見せる笑顔と同じ「笑み」を、今この画集のそこかしこに見つけることができる。 毎月一回の放送が佳境に入った1995年のある日、私のプロジェクトルームのドアをノックする人がいた。プロジェクトの女性スタッフにドアを開けさせると、「あっ」という驚きの声が聞こえて、しばらくして彼女が私のデスクに駆け寄っててきた。「入り口に貼ってあるポスターが欲しいと、余分があれば是非にと・・・それがあの、あの、健さんなんです。高倉健さん!」 驚いて私が廊下に出ると、長く続く廊下を、ピンと背筋を伸ばして急ぎ足で歩き去っていく男性の姿が見えた。スタジオに行く通りがかりに、ポスターが健さんの目に留まったようだ。 健さんが気に入ったのは、私たちの「12億人の改革開放」シリーズのポスターだった。薄暮の中、上海に完成したばかりの「東方明珠」タワーに向かって肩を並べる若い男女の後ろ姿に何かそそるものがあって、私はポスターのデザインに採用したのだった。明るい色のスカートを穿いた女性の傍らで、そっと腰に手を添えるのは解放軍の濃緑の軍服を着た若い兵士だった。 革命根拠地延安の土の匂いを纏ったかのような「人民解放軍」の若い兵士とその恋人、新時代のシンボルタワーとの絶妙の距離感が時代の空気を見事に捉えていた。 後姿で立つその貌は見えないが、きっといい「笑み」が浮かんでいたに違いない。 このポスターの、浮かれてはいない、滲みだすような幸せ感、その素朴さとまだ見ぬ未来への高揚感が私は好きだった。それが改革開放だと思った。そう、このポスターに満ちた移り行く時代の風が、高倉健の心の糸を弾いたのかもしれない。 高倉健は、背中で演技のできる数少ない役者だった。スクリーンの中で、いつも寡黙な役の多い健さんが、時折見せる控えめな、慎ましやかな「笑み」が好きだった。 この「笑み」は、瀋敬東画伯の世界にも流れている。それがキャンバスの中の軍服と交差して、いい味わいを醸しているのだと、私は想う。 この「笑み」とは何だろう?呵々大笑するのではなく、忍び笑いでもない。・・・口元に微かに漂う「笑み」に、何よりも深い意を感ずるのは何故だろう。 京都太秦広隆寺の半跏思惟像をご存じだろうか?―――口元に湛える微かな笑み、千年以上の歳月を経た木目が、温かく貌を覆う。ドイツの哲学者カール・ヤスパースは、この像を「人間実存の最高の姿」と評した。日本の国宝指定第一号でもある。 仏教の伝来と時を同じくして、朝鮮半島の百済からの招来仏だという説が有力だそうだが、大陸からの渡来人秦氏の氏寺であり、聖徳太子信仰の寺に端座する姿のあまりの美しさに嘆息した人も多いと思う。この半跏思惟像は弥勒菩薩だとされるが、その口元の、有るか無きかの、仄かな「笑み」に人々は魅かれる。仏陀の入滅後56億7千万年後の、遠い、遠い、未来世界に下生して、平穏な世界を現出させ、衆生を救済するという弥勒の深い愛が滲み出ている。 この不思議な「笑み」は、シルクロードの要衝、ガンダーラの仏像に、そしてアフガニスタンのあのハッダの仏像にも、認めることができる。しかし、優しい貌の仏たちに悲劇が襲う。1979年のソ連軍侵攻から始まった激しい戦乱の中で、ハッダの多くの「笑み」が爆撃で、ロケット弾で、消えた。 改革開放の衣を纏った瀋敬東画伯の「笑み」は、幸福を増幅させる明度を持った「笑み」だ。そして今、画伯の弥勒「Maitreya」は中国式に布袋の姿をして豊かな笑いを弾けさせる。 画伯の創り出す新たな世界で、弥勒もまた小王子(リトルプリンス)とともに、宇宙に向かって緩やかに飛翔を始めた。遠い宇宙の、その先に56億7000万年後の、弥勒の究極の「笑み」が待っているかもしれない。

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